夢を見ていた。
私の腰よりは少し背丈がある、小さな女の子。
私は彼女のことをよく知っていた。
「先輩?」
「どうした、モモ」
「ちょっとほっぺたつねってください」
そう。これは夢。しゃがんで彼女と視線を合わせて、お願いしてみた。
「……痛いっす」
変なこと言う奴だなあと無邪気に笑ってみせたのは、加治木ゆみ先輩その人だった。
日が傾きかけた屋上で、楽しそうに走り回る先輩。とってもかわいくて、ずっと目で追ってしまう。
あっ、転ぶ……前回り受け身? でもコンクリートじゃ痛いっすよ!
「ゆみちゃん、大丈夫?」
あわわわ私何叫んだっすか。
「おねえちゃん……」
思わず駆け寄って、抱きしめた。
「痛いの痛いの、とーんでけ」
大丈夫かな。ケガとかしてないかな。
「うん、飛んでった」
制服をぱたぱたとはたいてあげる。どうやらケガはないみたい。
……。
今おねえちゃんって呼ばれたっすか。
これは確認しておかなくては。
「ゆみちゃん」
「なあに?」
か、かわいいっすね。
「せ、先輩?」
「何だ? モモ」
……先輩って呼ぶと先輩に戻るっすか。何となくわかってきたかな。
と、下校のチャイムで我に返る。このちっちゃな先輩、一人でいるところを誰かに見つかったら騒ぎになってしまうのでは。帰り道で補導されちゃったりするかも。ここは……私がついていなくては!
最初の関門は校内。先輩が一人に見えてはいけない。私がプラスの気配を出すっすかー。
ギラン。がしがしがしっ。はぁ、見えるように振る舞うって大変っすね。
「おねえちゃん怒ってるの?」
そんな私に手を引かれながら、先輩が不安そうな顔をする。
「ううん、ちょっとがんばってるだけだから気にしないでね」
「?」
私を見つけだしてくれた先輩。いつも気にかけてくれる先輩。先輩に少しでも恩返しできるならこれくらい何でもないっす。
昇降口到着。先輩の靴箱は、と。やっぱり靴も小さくてかわいい。先輩の今の身長だと届かないっすね。
「ありがと、おねえちゃん」
はうう、いちいちかわいいっす。困るっす。
校門到着。ひとまず任務成功っす。さて。
「ゆみちゃん、おうち帰れる?」
「わかんない……かも……」
せせせ先輩お持ち帰り?
「お姉ちゃんのおうち来る?」
「うんっ」
にっこり。こ、これは仕方ないっすね。
先輩と二人の帰り道。ゆみちゃんははしゃいで腕にしがみついたりしてくる。
「んふふー」
「なになに?」
「おねえちゃん大好きっ」
照れるっすー。
「ゆみちゃん、何か食べて帰ろうか」
もう甘やかしちゃう。
「わーい」
天使のほほえみっ。
というわけで、商店街のフルーツパーラーに寄り道することにした。
二人でメニューとにらめっこ。
うーん、どれもおいしそうで迷っちゃう。
「ゆみちゃん、決まった?」
「これがいい」
ゆみちゃんが指さしたのは。
……桃パフェ。
ごつん。ぷしゅうううう。テーブルにぶつけたおでこが痛いっす。それより、私耳まで真っ赤になってるかも。顔を上げられない。でも、今はゆみちゃんだから大丈夫だよね。
がばっ。
さりげなく、さりげなく。
「実はおねえちゃん桃子って名前なんだよ。モモちゃんって呼んでくれる?」
「モモちゃん?」
「はーい」
「わ、ぱへと一緒だ」
「おねえちゃんもびっくり」
「ゆみもびっくり」
二人して、笑い合う。
なるほど、季節のおすすめっすね。
「モモちゃん、決まった?」
「うん」
「すいませーん」
注文を取りに来てくれた店員さんが笑顔だったのは、二人の声がぴったり重なっていたからだろうか。
あ、そうだ。忘れていた。
「先輩、家に連絡入れるのまだっすよね」
「そうだな。今のうちに済ませておこう」
そういって携帯を取りだしててきぱきと電話をするしぐさは、いつもの加治木先輩そのものだ。
ゆみちゃんに、先輩の影が重なる。
「わー」
しばらくぼんやりしていたのかもしれない。現実に呼び戻してくれたのはゆみちゃんの声だった。
「モモちゃんの、赤いねー」
赤いのは私じゃないっすよ。
「ゆみちゃんのもおいしそう」
運ばれてきたのは、桃パフェとプラムパフェ。私の注文したパフェのプラムが、実にみずみずしくておいしそうな赤色なのだ。
「それじゃ」
「いただきまーす」
んん! 酸味と甘みが絶妙で癖になりそうっす。
「おいしー」
またも声がシンクロする。
そしてしばし無言で食べ進める。美味しいは素敵。
と、この辺でゆみちゃんの口の周りをふきふきするタイミングかな。あれ、ゆみちゃんパフェ食べるのうまいっすね。私の出番、なしっすか……。
「モモちゃん、あーん」
「へ?」
「あーん」
ぱくっ。桃のシャーベットの舌触りと口の中に広がる香り。これは美味しい。
よ、よし、私もやってみよう。
「ゆみちゃん、あーん」
ぱくっ。
「おいしーねー」
なんだか楽しい。
また、来たいな。
そんなことをぼんやりと考えながら、きれいに完食。
「ごちそうさまでした」
帰り道。何となくゆっくり帰りたい気分ではあったのだけど、
「ゆみちゃーん」
「はぁーい」
ゆみちゃんが眠そうなのでしっかり手を繋いで早めに帰ることにした。
「モモちゃんの部屋ー」
ゆみちゃん、目が覚めたみたい。
……はっ。私の部屋、今はまずいっす。
「ゆみちゃんちょっと待っててね。ちょっと散らかってるから片付けてくるっす」
ドアの前で引き留めて、片付ける。これは引き出し! こっちはクローゼット! ふう、危ないところだったっす。
「ゆみちゃんお待たせ。どうぞ」
「わー、モモちゃんのベッドー」
ぼふっ、とダイブ。
本当に危なかったっすね。
「あははー」
ごろごろ。足をぱたぱた。そんなに私のベッドを堪能されても照れちゃうよー。
「モモちゃんのにおいー」
うっ。
それはそれとして、確かこの辺に……あった。
「ゆみちゃん、パジャマあるっすよ」
「わ、かわいい」
「私が昔着てたのなんだけどね。サイズ合うかな」
「着てみていい?」
「うん」
おもむろに脱ぎ出すゆみちゃん。ネクタイをゆるめる仕草がかっこいい。って見とれてる場合じゃないっすね。私も着替えちゃおう。
「モモちゃん、ピッタリだよ」
「よかった」
制服をハンガーに掛けて、これでよし。
「電気暗くするっすよー」
「はーい」
二人でベッドに入ったら、ゆみちゃんはすぐに寝息を立て始めた。疲れちゃったのかな。なんだか不思議な一日だったっすね。そんなことを考えつつ、私も眠りに落ちていった。
夢を見ていた。
夢の内容は覚えていない。まだ夢の中にいるのかもしれない。夢の中で夢を見るというのは何かの本で読んだことがあっただろうか。
冷静な思考ができない。
目が覚めてみたら目の前にモモの寝顔があったのだ。
あわてて目を閉じて、ちょっと体をよじってみたのだが、しっかり抱きしめられていて動けない。
「んふふ……ゆみちゃん……」
!
跳ね上がった心臓の鼓動がモモを起こしてしまわないかと真剣に心配した。
夢なら続きを見よう。暖かくて、とても幸せな夢だ。
気がついたら、目の前で加治木先輩が眠っていた。外はもう明るくなってきている。
「先輩」
「ん……モモ……いったい何がどうなってるんだ?」
「ふふ、秘密っす」
「むー」
「先輩」
「ん?」
「もう少しこのままでいてもいいっすか?」
「ああ」
「やったっす」